会議室で起こる活動確認
著者:吹雪


「事件よっ!」


 そんな声と共に会議室の扉が、勢い良くスパァン! と開いた。
 同時に、扉付近の本棚がバタンと倒れる。

「ってあれ、藍海(あいみ)しかいないの? まあいいか。それより聞いて、事件が起きたのよ!」

 それでもまだうるさく騒いでいる彼女。
 先に会議室に来て一人で読書をしていた私は、頭痛をこらえながらも注意する。

「……なぁ部長、今月入ってから10回は越えてるだろうけど、それでもあえて言うよ。ここは一応会議室だ。頼むから静かに入ってきてくれ。何回言えば分かるんだ、ホント? はい、今日もまたそこの本棚の片付け。よろしく」

 自分でも分かる私の呆れ声に、部長はやっとテンションが落ち着いたらしく、「あ。ご、ごめん」と言って倒れた本棚を直し始めた。この光景を見るのも、今月10回目を越えているに違いない。いい加減、見飽きてしまった。

 部長──綿辺 渚(わたべ なぎさ)。一応3年生なのでれっきとした先輩だが、付き合いの長い私はタメ口で接している。毎回毎回思いもよらない騒ぎを引き起こすので、私は中等部の頃からその尻拭いに奔走していた。……悲しいことに、その関係は今でもあまり変わっていない。勘弁してほしい。

 散らばった本を片付けている部長を眺めつつ、さっき彼女が叫んでいた言葉を思い返してみる。

「それで、部長。さっき言ってた“事件”って?」

「あ、うん。藍海、知ってる? 図書室で爆発が起きたって話!」

「…………いつの話をしてるんだよ……」

「あら、知ってたの?」

 とても残念そうな顔をする部長。

 実際それは、私自身が先月中に聞いた話だった。些細なことだったし、詳しく調べるのは──というか後始末は他の部活が既にやっていたようなので、ミーティングでは話題にせずに書類にまとめるだけにしたのだ。
 だが、彼女はそれに目を通していなかったらしい。全く、こんなので本当に部長と呼んでいていいのだろうか。……まあ、この室内においては、そういう役職などあまり関係ないのだが。



「今日は特に収穫なし、っと。こんにちはー」

 そんな報告と共に、先程とは違って静かに扉が開く。
 そして入ってきた小さめの女子生徒は、本棚を直している部長を見て、物凄く呆れた顔をした。注意した時の私もこんな感じだったのだろうか。

「……またやったんですか、部長」

「何よ、華(はな)まで。またとは失礼なっ。これでも前より減ったのよ?」

「前回もそう言ってましたよね、確か一昨日ぐらいだったと思いますけど」

「そんなワケないじゃない、もっと前の───」

「はいはい、分かりましたから、片付けを続けてください」

 部長の反論を封じ、彼女──神前 華(かんざき はな)は、落ち着いた様子で私の向かい側の席にストンと腰をおろした。この子は部長のあしらい方が上手いので、正直いつも助かっている。


「華いるかっ!? お前、僕の今日の弁当に何入れたんだよ! 腹壊したぞ!」

 丁度その時、そんな怒鳴り声と共に、今度はガラッと少々乱暴に扉が開いた。入ってきたのは男子生徒、それも華とそっくりな顔をした子だ。
 当の華は、いきなり怒鳴られたにも関わらず、涼しい笑顔でそれに答える。

「さあ? 少なくともマトモな物ではなかったんじゃない? ところで、昨日はわたしのお弁当に溶けたチョコが入ってたんだけど。蓮、心当たりあるよね?」

「…………あー。……な、ないぞ? 僕は何もしてない。うん」

 彼──神前 蓮(かんざき れん)は、引きつった笑顔を浮かべてそう言うと、勢いをなくして疲れたように椅子に座り込んだ。私の隣の席だ。

 蓮と華は、会話や名前、外見などからも分かるように双子である。今は髪型と制服で見分けているが、その違いがなかったらどっちがどっちだか分からないだろう。そのくらい、二人は容姿がそっくりだ。男女の双子でここまで似ている二人組を、私は他に知らない。
 ……ちなみに以前、部長が面白がって二人を入れ替えようとして大騒ぎになったことがあったのだが、それはまた別の話である。

「あ、みんな揃ったわね。じゃ」

 ちょうど本の片付けを終えたらしい部長が、蓮の向かい側に着席して、いつもの能天気な表情で切り出した。

「始めよっか。今日は何か気になることあった?」



  * * *



 彩桜学園高等部の校舎にある、会議室。

 ここは放課後、私たち───『彩桜学園高等部調査隊』の部屋として毎日使われている。

 部外者は徹底的に立ち入り禁止。教師でさえ、入室するには許可が必要となる。でもそれは、私たち調査隊がそれだけの仕事をしているということだ。



 『彩桜学園調査隊』。それは知る人ぞ知る、彩桜学園の生徒がやっている“情報部”のようなものだ。

 どのクラスがどんな厄介事をやらかしているか。部活や同好会、公認非公認含め生徒たちがどんな活動をしているか。生徒の間でどんな噂があるか。学園敷地内の未開発部分には何があるのか。等々。
 学園のことをとにかく隅々まで知るために、毎日色々な情報を集めている。

 集めた情報は、必要であれば教師に伝えたり、新しい情報をまた仕入れるために売ったりしている。しかし、必要外の情報漏洩は当然のように禁止だ。

 ちなみに、もともとは学園長が「もっと生徒のことを知りたい」という考えから作った隊らしい。だからといって、ここまで徹底しなくてもいいと思うのだが。まあ、それは今更言っても仕方がない。


 隊員は、中等部・高等部・大学部・大学院にそれぞれ数名。厳しい入隊テストの上で、学園長直々に選ばれる。

 現在の高等部隊員は5人。隊長なのに何故か部長と呼ばれている3年生・綿辺渚、1年生の双子・神前蓮と神前華。そして一応副隊長である2年生・矢崎 藍海(やざき あいみ)、つまり私。もう1人滅多に顔を出さない隊員がいるのだが、今は関係のない話だ。
 人数は少ないが、騒がしく活動している。



  * * *



「───じゃあ、蓮と華は噂が本当か確かめに行ってちょうだい。私は非公認部活の調査に行くわ。藍海はいつも通り、先生たちと生徒会、あと警備員さんたちと情報交換してから、校舎内の調査をよろしく。今日はそれでいいかしら?」

 一通り報告し終わってから、部長がそう確認をとる。返事がないのは、異議がないということだ。

「よし、何かあったら連絡してね。とりあえず今日は解散!」

 その宣言を合図に、皆思い思いに動き始める。
 部長は「はぁー……非公認部活、もっと派手なことやらかしてくれたらなぁ……」などと危ない発言をしながら机に突っ伏す。蓮華の双子は、先程の言い争いをまた再開させつつ、カバンを持って立ち上がる。
 私は、話し合い中に使っていたノートパソコンを閉じて、座ったまま大きく伸びをした。


 さあ、今日も高等部調査隊の活動を始めよう。



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